東京国分寺ロータリークラブ
多摩中グループ 国際ロータリー第2750地区

第2557回 例会報告(8月27日)

2019年9月2日

第2557回(8月27日)

会場:多摩信用金庫国分寺支店3階

本日の司会:高野SAA委員

お客様紹介:照木会長

○高田 久子 様 (卓話講師)

会長の時間:照木会長

今日は高田様、ようこそお越し頂きました。輝かしい履歴書を拝見いたしました。高田様は他に国分寺市第5小学校のPTA会長でもあり、私の出身であるリオン㈱ともつながっておりました。30年以上前に教育委員会の要請により、毎年市内全ての小学校3年生がリオンを見学しています。当時の子どもはお母さんになり、その子供さんがリオンを訪れています。当クラブの会員全てアメリカ留学、出張、RC奉仕活動等で海外を経験しています。高田様の異文化体験の卓話を楽しみにしておりました。宜しくお願いいたします。
私も45年前にリオン入社後、チャーターメンバーの三澤社長に貿易部門へ異動を命じられ、それから30年間海外を飛び回っていました。今日はRC関連の海外のお話をいたします。
①当クラブは韓国に補聴器、聴能機器を贈呈しました。私はソウル、釜山聾学校他全ての学校を訪問しました。
②40年前にフィリピンに補聴器を贈呈し、TV出演のため三澤に同行しました。その時初めて会員数100名以上のマニラRCを訪問し、英語でスピーチをいたしました。
③30年前、1989-1999年の10年間に当クラブはタイ、聾学校の教師20名を日本に招き研修を行いました。リオンの担当は私で、皆さま生まれて初めて触る富士山の雪に感激していました。困ったことはリオンの食堂の味は辛さが無く先生は常時、唐辛子を携帯していました。バンコクのセーサチアン聾学校とマリアン校長先生を訪問しました。マリアン先生は気さくでユーモアを解し、とても頭が切れる方でした。
15年前の2004年にマリアン校長先生が来日した時、インタビューを行い、リオンの広報誌「ベターヒアリングジャーナル」誌に以下の記事を記載しました。
『タイでの聾教育をふりかえって』
元・セーサチアン聾学校校長Maliwan Tammasaeng
タイの大学を卒業してから、タイ政府の奨学金でアメリカの大学院へ留学し、難聴児の特殊教育に関する修士を取得しました。大学では心理学を専攻していたので、難聴の子ども達の教育にもとても興味を持ちました。帰国後から現在に至るまで、ずっと聾教育にたずさわり、タイで一番大きな聾学校である、セーサチアン聾学校で教員となりました。教育にたずさわっていく中でタイでの問題は以下でした。①補聴器の価格が高い②電池が高い③補聴器のアフターサービスが不十分③教育者の訓練不足
こうした状況の中で、私は教育者の訓練に特に力を注いできました。1980年代から90年代にかけて、国分寺RCの招聘により日本での研修を行い、全部で20人近くの教員が日本に派遣され勉強しました。先進国の最先端の設備と技術は私たちの意欲を刺激し、とても良い効果をもたらしてくれました。若い頃から今に至るまで、ずっとタイの難聴児のために働いてきました。王室がとても熱心に支援してくれるのも大きな心の支えとなっています。数年前には日本の秋篠宮殿下も聾学校を訪れて植樹してくださいました。とても感動し、良い思い出となっています。今は聾学校の校長を引退しましたが、これからも、タイの障害を背負った子ども達がいつまでも元気で社会に貢献できるように、微力ながら力を尽くしていきたいと考えています。

幹事報告:井口幹事

①事務局お休み(8月29日~9月4日)
②8月27日 第一回パスト会長会
③9月3日  理事会 例会 地区会員委員会 委員長 堀江 浩様による卓話 テーマ『会員増強』
④9月10日 例会 東京あけぼのRC会長 馬越 裕子様による卓話 テーマ 『青少年育成(未来への投資)』
⑤9月17日・24日 公的休会

委員会報告

米山奨学・国際奉仕・クラブ特別基金:近藤委員長


経済バブルが崩壊後、当クラブの予算も乏しくなり、ここ数年、活発な国際奉仕活動ができなくて、大変残念に思っております。せめて今のうちに異文化のことを勉強しておこうと思い、外国の事情にお詳しい講師をお願いいたしました。

◇国分寺市障害者就労支援センター運営委員会出向者報告:清水会員

障害者の就労について理解を深めるべく令和元年9月14日に障害者雇用セミナーが開催されます。お時間ございましたら、是非、ご参加頂きたく思います。

出席報告:小林副委員長

会員数:35名 免除:4名 メーキャップ済:0名
欠席:4名 出席率:87.1%
≪前々回の訂正≫メーキャップ済:4名 欠席:1名
出席率:83.87%→96.67%

ニコニコボックス:井澤委員

照木会長・井口幹事:高田様、今日はようこそおいでいただきました。異文化体験のお話しを楽しみにしていました。よろしくお願い致します。近藤会員:今日は、高田先生がご多忙の中おいで下さり、有難く感謝申し上げます。高田先生の卓話で異文化の勉強が出来て嬉しいのでニコニコ致します。鳥居会員:納涼例会では楽しいひと時が過ごせました。同時に妻の誕生月で花券を頂きありがとうございました。妻も毎年楽しみにするようになりました。お礼のニコニコします。藤岡会員:本日の卓話”異文化体験“楽しみにニコニコします。谷田会員:入会して早1ヵ月が経ちました。大先輩方のような立派なロータリアンになれるよう、一歩一歩、後を追いかけて行ければと思います。千里の道も一歩から。先ずは初めてのニコニコ、してみます。

卓話

◇卓話講師紹介:米山奨学・国際奉仕・クラブ特別基金 近藤委員長

高田先生の御著書『ロンドンで日本語を教えたら』を読み、大変感動し、目から鱗が落ちる思いが致しました。海外旅行は何度も行っておりますが、住むこととは全く違うのだと感じました。今日は、皆さん、一生懸命勉強いたしましょう。

◇高田 久子 様 テーマ『国際交流(異文化体験)』

私の一番最初の海外とのふれあいは、東京オリンピック(1964年)です。当時は学生で、オリンピック組織委員会の英語通訳をいたしました。オリンピック前後2週間を含め1ヶ月の期間におよび、私の青春の1ページです。パリに4年、香港に2年、バンコクに6,7年おりました。ロンドンには24年、そして2015年に国分寺市民となりました。アメリカの滞在経験がないので、今日は西洋と日本の違いについてお話ししようかと思います。以前は、アジア人と日本人は似ているのだろうな、と思っておりましたが、全然違いました。日本は鎖国の影響もあるのか、世界の中でもとてもユニークで独特の文化や考え方を持った国だと思います。それが良いか悪いかは別として、日本の伝統の良いところを残していきたいと思います。
西洋は生きること、そして性を楽しむ社会で、日本は死を美化する国だと思います。西洋では女性は暑くなると露出の高い服装を気にしないようで、裸というものに対し、恥というものはあまりありません。それに対し、日本は、赤穂浪士や特攻隊など、死ぬということに対し、「名誉の死」などの様に死を美化する傾向があります。映画のタイトルで、スーザン・ヘイワードの映画で邦題は『私は死にたくない』ですが、原題は、『I Want to Live!(私は生きたい)』でした。ほかにも007シリーズの『007は二度死ぬ』の原題は、『You Only Live Twice(あなたは2度生きる)』、なんですね。「生」を「死」と訳して売り出します。おそらく日本人は、「死」のほうを観に行くと考えたのですね。また、西洋では「お涙頂戴」系のものはだめです。日本のテレビだと、泣きそうな人をアップにしたり、映画のコピーで「日本中が泣いた」「この秋、一番泣ける映画!ハンカチをご用意ください」等ありますが、西洋では全くダメで、ランクも下のほうに来てしまいます。
気持ちの表現においても、日本では、情感を尊び、自分を抑制して、慎み深さが大切です。白黒はっきりは言いません。あちらでは、理論が大切です。日常的な会話でも理論的なことが重要であり、感情も「私は怒っている」「私は悲しんでいる」というのをはっきり出さなければわかってもらえません。黙っていると、あの人何を考えているのかわからない、と思われてしまいます。日本では、相手の心情を慮って「義理人情」ですけれども、西洋では、実際のものを大切にします。日本航空の飛行機事故で外国籍の方が亡くなり、遺体についてご連絡したところ、「そちらで適当に処分してください」といわれて困ったそうです。死んでしまったら、「終わり」ということなのです。とてもあっさりしています。
責任の取り方にも違いがあります。たとえば、日本でミスをしたら、企業の責任者が並んで、頭を下げたりするシーンがニュースで流れます。あちらでは、「個人の過失であり、組織の責任ではない」ということが多いです。日本赤軍のテルアビブ空港乱射事件が起きた時、日本政府は「大変申し訳ないことをした」と表明したのに対し、フランス青年が事件を起こし、多数の死者が出た時、仏政府は「犯人は、国の組織の人間ではなく、国としては責任を取る立場ではない」とすぐに表明しました。日本も国際社会の中で、文化の違いをきちんと把握して、対応したほうが良いと思います。

謝辞:照木会長